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INTERVIEW: Her Self-nourishment

クリエイティブディレクター 長尾悦美さん

Text&Edit: Eriko Azuma
Photo: Ko Tsuchiya

ブランドコンセプトでもある“Self-nourishment”をテーマに、デザイナーSAYAKA Tokitomo DAVISが今気になる人をゲストに迎え、心の赴くままにトークセッション。

第六回のゲストはブランド設立当初から親交がある、クリエイティブディレクターの長尾悦美さん。セレクトショップスタッフから百貨店のバイヤー、クリエイティブディレクターを経て昨年独立。独自の感性を生かして幅広いフィールドで活躍する長尾さんを形づくるものとは…。

培ってきたベースを大切に、自分らしいMIXを楽しむ

Sayaka Tokitomo-Davis(以下Sayaka):Sayaka Tokitomo-Davis(以下Sayaka):長尾さんのファッションやセレクトのセンスがとても好きなのですが、洋服を選ぶ際のポイントは何ですか?

長尾悦美(以下長尾):まずはテキスタイルに魅力があるものを手に取ります。それがどんなデザインか、どう合わせるかは二の次で、まずは惹かれたものを手に取るというのが自分の中で最優先ですね。ヴィンテージや無骨なメンズのファブリックみたいなものも好きです。

Sayaka:ご自身のファッションもいつも素敵で、インスピレーションをいただいています。ご自身のスタイルはどのように構築されたのでしょう。

長尾:洋服好きだった父の服を引っ張り出してよく着ていました。デザインの詳細やルーツを説明してもらったことは、洋服の造詣を深める大きなきっかけだったと思います。さらに「DO!FAMILY」や「BEAMS」、「TOMORROWLAND」での販売経験を経て王道のフレンチカジュアルやトラッド、アメカジ、アウトドアなど、ファッションの軸になる定番のカテゴリーはひと通り経験してきました。ファッションの現場で基本を学んできた強みがあるから、それをミックスしていくのは得意です。

Sayaka:基本をおさえた上での遊びなんですね。

長尾:若い頃はちょっとやんちゃに見えた格好も今なら似合う、みたいな年齢に応じた変化を楽しんだり、いろんなスタイルをミックスさせて遊ぶ感覚は、自分の中にベースがあるからこそ成立するオリジナリティの出し方なのかな。人とかぶりたくないというマインドが強いから、ヴィンテージに関してはすごくポテンシャル高く探せるんだけど(笑)、「古着だから」「新品だから」とかいうジャッジではなくて、何かそこに魅力を感じれば新しい服も着ますし、そこの境界線はあまり作っていないんです。

Sayaka:なるほど、ご自身の基準が明確にあって、それが長尾さんの強さなんですね。セレクトショップや百貨店でのバイヤー、ディレクターなどのキャリアを積まれたうえで昨年独立されましたが、変化はありましたか?

長尾:販売スタッフからバイヤー、ディレクター、ショップの管理職など、お店作りに関わるような仕事を全て経験してきたことが強みになっています。感度がすべてというセレクトショップから、百貨店という保守的な価値観との戦いも経験してきたので、考え方の柔軟さや切り替えの速さも培ってきました。様々な経験を経てからの独立だったのでフラットに物事を見ることができるし、クライアントさんもその柔軟さを買ってオファーしてくださるのを感じる。本当にいいタイミングで独立できたと思うし、今すごくストレスフリーです。

Sayaka:ファッション業界で長年仕事に向き合ってこられた時間と、経験を積んでこられた長尾さんだからこそ出来る事ですね。お客様の視点も大事にされているなと感じます。

長尾:地元の帯広で高校時代に「DO!FAMILY」で販売のアルバイトを始めてから30歳くらいまで販売をやってきたので、お客様のニーズをキャッチするスキルも培ってきました。今までの経験がすべて強みになっていると感じています。

強い意志とパッションがあれば、常識は変えられる

Sayaka:独立されたきっかけは何だったのでしょう?

長尾:百貨店のお仕事を10年続けさせてもらう中で、自分が本質的に好きなものや、求めるスピード感と少しズレを感じるようになってきて…。そんな中、CITYSHOPのコンセプターで友人でもある片山久美子さんの産休・育休中に、1年間代打を勤めてほしいというオファーをベイクルーズさんからいただいて、髙島屋の社員として席を置きながらベイクルーズさんに出向するとい特別な期間があり、その経験もきっかけとなりました。

Sayaka:あれはすごく衝撃的なニュースでした。

長尾:ありがたいことに会社やチームの理解を得て、1年間、会社に在籍しながらフリーランスのような働き方をさせていただきました。その前から単発のコラボ企画などはやらせていただいたことはあったのですが、百貨店の社員でありながらコンペティターでもある外部のセレクトショップに協業するというトライが、大きな自信になりました。これをきっかけに色々なオファーをいただいたり、自由な時代の空気もあって、自然に背中を押されるような感覚で独立を決めました

Sayaka:同じ業界内で出向するという、日本のアパレルでは前例がなかった業務形態を切り開いたのは本当にすごいことだと思いますし、新しい道を作った長尾さんは、働く女性の希望のような存在。

長尾:別に私が特別なわけではなく、百貨店の社員でも強い意志とパッションがあればやりたいことを実現できるということを感じていただけたら。フリーランスになったことで、苦手なことは手放して、私はここ1本勝負で行きます。苦手なことはちょっとすみません。できる方にお願いします。という働き方ができるようになりました。

Sayaka:アメリカでは得意なことに特化した分業の考え方が一般的ですが、日本では子供の頃の教育から、成績もまんべんなく良くないと。という考え方がありますよね。

長尾:そうそう、典型的なジェネラリストを育てたいっていう。

Sayaka:でも自分が苦手なことは誰かが得意だったりするから、うまく手放して誰かにお願いしたほうがうまく回ることもありますよね。

長尾:相乗効果があった方が物事はうまく回るんですよね。今は同じ感覚で物事を進められる取引先と組ませていただきながら、古巣の百貨店には「外ではこんなスピードで物事が進んでますよ」ということを見せることで、色々理解を得られるようになりました。古巣に新しい風を吹かせながら、自分はもっとその先へ。海外に行くペースも増やしてインプット、アウトプットの時間も確保していきたいです。

大切にしているのは、お互いのルーツへのリスペクト

Sayaka:SAYAKA DAVISでも別注でジャンプスーツを作っていただきました。いつも新鮮な発想で色々なご提案をいただくのですが、今回はどのようなイメージだったのでしょう?

長尾:ジャンプスーツはSAYAKA DAVISの得意なアイテムでもあるし、私も好きなアイテムだし、夏にさらりと着るイメージが自然に湧きました。そしてドビーストライプの素材がすごく好きです。ブラウンですごくシックなんだけれど表情もあるし、程よく力が抜けているのに女っぽい。

Sayaka:ありがとうございます。素敵に仕上がりうれしいです。今は様々な仕事のオファーがあると思いますが、仕事を選ぶ上で大切にしていることは何ですか?

長尾:自分が好きかどうか、お互い自然にリスペクトできるかどうかを大事にしています。自分のルーツや大切にしている部分が重なっていれば、自然によいものが作れると思うんです。私はバイヤーやディレクターの目線なので、デザイナーさんに対するリスペクトが強くて、デザインやものづくりに簡単に足を踏み入れたくないんです。だからブランドをやらないかというようなお話はお断りしています。

Sayaka:長尾さんって本当にいつもクリアですね。確かに今は簡単にブランドも作れる時代ですが、長尾さんのようにクリアな姿勢を貫くというのは、過剰にものをつくり過ぎないためにも大切ですね。

長尾:過ぎ去っていくものを作るよりも、リスペクトするものでお店作りをしていくのが私の仕事なのかなと。ブランドに発信力がなければ微力ながらサポートして、日のあたる場所に持っていく。自分がいいと思ったらそれをフォーカスしてお客様に届けるのが私の仕事なのかなと思っています。

上手に切り替えて自分の進むべき道にフォーカス

Sayaka:そういえばお引っ越しされたんですよね?(リモート取材のモニター越しに見て)隅々まで長尾さんカラーが映し出されてる素敵なお部屋ですね。インテリアはどのように揃えていきましたか?

長尾:ブランドとか年代とか、リサイクルとか、本当にあまり気にしていなくて、ファッションと同じ感覚でディテールの重なり方がかっこいいと思うものをチョイスしています。日本の住宅事情って賃貸だとどうしても限界があるじゃないですか。部屋自体のほっこり感を消すために、テーブルにステンレスやガラスを選んだりして、木だけでなく色んなテクスチャーをミックスしています。

Sayaka:色々な素材や背景のものを上手にミックスされていて長尾さんらしい空間です。

長尾:あまりきれいに整えすぎず、程よく生活感もある感じが好き。天邪鬼だから、〇〇系って言われるのが嫌い。ファッションもカテゴライズされるのが嫌いで、この人何系なんだろう?っていう人でいたいんです。訪れた人はみんな私らしいって言ってくれるから、結果私らしい空間になっているのかな。

Sayaka:お仕事ではアウトプットが求められることが多いと思うのですが、どのようにインプットしているのでしょう。

長尾:休みの日は意外と一人で過ごすことが多いですね。ふらりと街に出かけてお店を見たり、家で静かに考え事をしたりするのが自然にインプットの時間になっています。北海道の大自然の中で育ったので、エネルギーのバランスを取るために、定期的に地元の北海道に帰ったり自然の中に出かけたりしています。

Sayaka:やっぱり地元の北海道は、長尾さんがリセットできる場所なんでしょうか。

長尾:特別な場所だなと思っています。住んでいた時は田舎だと思っていたけれど、年齢を重ねた今、ナチュラルな空の広さとか、あの大自然はすごく特別な環境だなと改めて感じています。旅行に出かけることも私にとっては大切なインプット。仕事のつもりはなくても、結局何かしら仕事に結びついていますね。旅先で出会った色だったり風景だったり、何かしら仕事に生かされているなと思います。嗅覚を働かせてローカルなマーケットに行ってみるとか、そういう感覚はバイイングにも似ているかもしれません。

Sayaka:長尾さんって、常にエネルギーが高くてあまり上下しているイメージがない。ご自分との付き合い方がすごく上手だなと思うのですが、どのようにご自分に栄養を与えているんでしょう?

長尾:基本的にマイペースなのに物事を決めることに関してだけはせっかちな性格。人の感情に乱されたくないという意思が昔からあって、子供の頃から周りの人に対してすごく冷静だったかもしれません。感情の浮き沈みによってエネルギーを下げたくないから感情が引きづられるようなことに関してはシャットアウト。悩む時もあるけれど、時間の無駄ってすぐに切り替えるようにしています。そして程よくサボる。やらなくていいこと、無理なことはしないで休むときは休む。オンオフ切り替えるのも大事ですね。

Sayaka:フリーランスでホームオフィスだと会社員時代よりもフィジカルな切り替えがありませんが、自分のペースはどのように保っていますか?

長尾:公私混同が増えていくからストレスも出てくるかと思いきや、自分は時間の制限がない方が楽な性格。何事も自分でコントロールできる方が向いてるみたいです。仕事に関しては切り替え上手なのかもしれません。仕事だからと割り切って粛々と完結させるというか、仕事としてやり遂げることにフォーカスする。違和感を感じることがあっても、そうすべき理由があるのなら割り切れます。筋が通っていない時はぶつかることもありますし、相手に伝えます。身近な人に愚痴を言ったりするのは好きじゃないし、解決策にもならない。自分の進む道を信じてそちらにフォーカスする。そうやって気持ちを切り替えることを大切にしています。

クリエイティブディレクター

長尾 悦美

出身地の北海道にて、18歳から12年間セレクトショップの販売員を経験。30歳で上京し、髙島屋のセレクトショップ〈STYLE&EDIT〉のバイヤーを経て、2020年春からは髙島屋ウィメンズファッション部門のクリエイティブディレクターに就任。2022年9月にフリーランスのクリエイティブディレクターとして独立。商品の買い付けをはじめ、ショップビジュアルや商品ディレクションなど幅広いフィールドで活躍中。

Instagram @yoshiminagao