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INTERVIEW: Her Self-nourishment

ミュージシャン・文筆家 カヒミ カリィさん(後編)

Text&Edit: Asako Ueno
Photo: Kimisa H

ブランドコンセプトでもある“Self-nourishment”をテーマに、デザイナーSayaka Tokimoto-Davisが今気になる人をゲストに迎え、心の赴くままにトークセッション。

第四回目のゲストはミュージシャン、文筆家、フォトグラファーとして活躍するカヒミ カリィさん。一日の幸せな時間やリチャージの方法などについて語った前編の続きをお届けします。

時代が変わってもずっと美しく感じられるもの

Sayaka Tokimoto-Davis(以下Sayaka):お好きなファッション、洋服を選ぶ際に決め手にしていることはありますか?

カヒミ カリィ(以下カヒミ):好きなものは小学生の頃からあまり変わっていないですね。昔からずっとトラッドやスタンダードなものが好きです。中でも丈や幅、素材が絶妙なものに惹かれます。SAYAKAさんの服は、私にとって本当にストライクで、細かなところにもグッときます。展示会で見させていただくと、大袈裟でなく、全部色違いで欲しいって思うくらい。私のユニホームだったらいいのにって。SAYAKAさんご本も、すごく柔らかい感じというのかな、本当に尊敬します。日本の女性がニューヨークでファッションのお仕事で頑張っているってすごいことです。ビジネスの世界としても大変だと思うのに。

Sayaka:そう言っていただけて、すごく嬉しいです。

カヒミ:着心地の良さ、ユニフォームのような機能美にも惹かれます。アーミッシュの服装はそれが極まっていて、デザイン的にもすごく好きですね。服だけでなく物に対しても、削ぎ落とされたデザインや機能美に、美しさを感じます。近くにア-ミッシュのコミュニティ-があるのでマ-ケットなどで時々お話しする事があるんですが、ボタンでさえ装飾品になると言って、ピンで止めていたりするんですよ。そこまでしたくないですけど、ああいう美しさが好きです。時代が変わってもずっと美しく感じられるものを素敵だなと思います。でもファッションのお仕事をさせていただく時は、ワオって唸ってしまうような最新の奇抜なファッションにトライするのもすごく好きなんです。髪型から服装まで、制限せずにトライできるタイプです。普段の私の生活スタイルでは着るチャンスはないけれど、その世界のトップが本気で作っている作品からはエネルギーがもらえて、面白いと思います。

Sayaka:年齢を重ねるごとに、ご自身のファッションへのアプローチは変化していますか?

カヒミ:今は、より心地いいものを好むようになりました。体型が変わって、自分で似合うなと思う服装も変わってきた気がします。子どもを産んでからヒールを履けなくなったことも変化ですね。昔はヒールで走れるくらいでしたから。

Sayaka::ヒールを履かれていたのは意外です!

カヒミ:いつもヒールを履いていて、スニーカーを履くと筋肉痛になった時代もありました。出産して、体質が変わったのか、歳を取ったせいか、ピンヒールはもう履けないですが、物としては今も好きです。

音と素材、音作りと服づくりの共通点

Sayaka:音楽づくりのプロセスについてもお聞きしたいです。

カヒミ:こういうことが言いたい、こういうモチーフの音楽が作りたい、というスタートもありますが、大抵は音の方が先にできて、歌詞は最後だったりします。音を先に作って、次にメインに使いたい楽器でメロディの骨格を作ったり…そういう作り方です。音のほうは、環境音からインスパイアされる事もありますが、外などで偶然聴いた曲のコード進行や、楽器の使い方といった具体的な音楽からアイデアを得て、新しい音を作ることもよくあります。歌詞のインスピレーションは、生活を通して自分の内側から出てくることが多く、それを組み立てながら考える感じですね。

Sayaka:音ありきで音楽が作られるように、私は、素材からデザインを思い浮かべることが多いです。そしてコレクション全体をどういうムードにするかを考える時は、自分がその時々で感じていることを投影しています。今だったら、来年は10周年を迎えるのですが、Happy Re-Birthdayをテーマに、この節目を新たなスタートにしたいなと思っているんです。

カヒミ:楽器やその響きがファッションでいう素材で、作曲が素材を組み立てるデザインに似ている気がします。面白いですね。そしてテーマ自体は作詞、目に入りやすい色使いなどを考えるアルバムのジャケットのデザインはファッションで言うと広告などのア-トに似ているかもしれませんね。音楽はレコードからCD、そしてストリーミングへとデジタル化したことで、ビジュアル的なアプローチも随分変わったと思います。ちょっと難しいなと思うことも。ジャケットで表現する時代ではなくなって。曲のほうも、一枚のアルバムで映画のような起承転結なストーリーを描くより、一曲一曲がグッとくるものが求められるようになってきました。

Sayaka:私はコレクションのランウェイを見てファッションが好きになったので、今もコレクションとしてSAYAKA DAVISを作ることに興味がありますが、洋服でもアイテムにフォーカスしたブランドが増えています。ニットだけとか、パンツだけとか。そこにはプロダクトを突き詰める面白さがありますね。

カヒミ:時代が変わる中で、新しいクリエーションが生まれているんですよね。そんな新しいエネルギーも面白いと思っています。

 自分の芯を見つめなおして、自分を再認識する

Sayaka:音楽、執筆など、様々な活動をされていますが、カヒミさんの表現の芯の部分には何か繰り返し戻ってくるテーマのようなものはありますか?

カヒミ:深くて面白い質問ですね。自分の中に内向的な部分があって、体の真ん中にある寂しさ、静けさのようなものが、作品の芯になっているのかもしれません。すごく小さな、何でもないものを顕微鏡で見ると、ヒダの細かな美しいところまで見える。そういうことが好きなのだと思います。静寂のための音っていうのかな。幸福とか穏やかさとか、温かさのための悲しみとか。私がウィスパーで歌うのも、アンビエントの歌が好きなのも、そういう感覚なのかもしれないですね。文章を書く時も、ドラマチックなことではなく、誰もが考えているような、誰もが思っているようなことにフォーカスするのが好きだったりします。ベーシックな服が好きなのもそうかもしれません。その中の微妙な違いに惹かれます。

Sayaka:静かに顕微鏡でズームインする感じって、面白いですね。デザインする時に聴く曲は限られるのですが、カヒミさんのアルバムは心地よく落ちるので、よく聴いています。静寂のための音、と聞いてなぜそう感じるのかが繋がった気がします。

カヒミ:嬉しいです。いろんなタイプのミュージシャンの方といろんなタイプの曲を作っていますが、皆さん、音自体にすごくこだわりがあって、私も最後のマスタリングまで全部関わっています。音質に対してストイックなミュージシャンやサウンドエンジニアの方々ばかりです。それはポップな初期の頃から変わっていないですね。楽器だけでなく、マイクやスピーカ-などの機材や、録音する時の空間なども丁寧に選んでいます。

Sayaka:あの繊細な音の背景には、とても細やかなこだわりが詰まっているのですね。丁寧なのに主張しすぎない。そういうことに、私も感動します。

山登りのように自分のペースで、やりたいことを続けていきたい

Sayaka:カヒミさんは子育てに専念されている今も、何かしらご自身のクリエイティビティを表現されていますよね。その原動力は何なのでしょうか。

カヒミ:表現というより、作ることが自分の中で必要なのです。ロクロって形が決まらなくても少し乾かしてから削って形を直すことができるんですよね。でも、結果的に同じ出来上がりだとしても、インプレッションは違うと思うんです。削りで誤魔化さないで、緊張しながら集中して作った「気」が、きっと受け手には伝わる。服も料理も。そんなことを最近、ぼーっと考えたんです。大切ですよね、そういうことって。

Sayaka:わかります。作った人の思いが入ったものって、何かオーラのようなものを感じるというか。人は作品の技術だけに惹かれるのではないですよね。鍛錬することで技術的なクオリティを上げることは出来ても、情熱が保てないと手が動かなくなる。私もデザインが出てこない時は大抵そういう時ですね。

カヒミ:プロとしてずっと作品を発表し続けていくのって難しいですよね。自分の中で波ってあるでしょう?人生もそうで、子供の頃ってなんでもフレッシュだから、それだけでワクワクするけれど、続けていくと繰り返しになることが多いから、その中で楽しみとか、フレッシュなものを見つけていくのって難しいことですよね。私は、今までもマイペースで歩んできたので、この先も、周りとの出会いと、自分の中のクリエイティビティのようなものを大切にしながら進んでいきたいと思っています。

Sayaka:カヒミさんとお話ししながら、自分の純粋な好奇心を受け止めて、ビジョンを描いて、それを実現するプロセスを楽しむことが大切なのだなと感じました。ずっと続けていくには、純粋なところに立ち返ることも時に必要ですね。

カヒミ:陶芸は、今すごくハマっている趣味みたいなものですけど、もうちょっといい感じになったら、みなさんにも紹介できるかなと思っています。スタートが遅すぎて、来世になってしまうかもしれませんけど(笑)。今世では、おばあちゃんまでには何かいいものが作れたらいいなと。

Sayaka:一生やりたいと思えることが、今もう一つできたって、すごいことですね。

カヒミ:もっと早く気づけばよかったと思っています。なんで気づかなかったんだろうって。中学生くらいで目覚めたらよかった。でもそうしたら音楽の道に行かなかったかも。カヒミ カリィが生まれてよかったけれど、人生、何がどのタイミングであるか、わからないですね。

Sayaka:カヒミさんは、自然体で流れに身を任せながらも、その中に芯があって。オープンでいるからいろんなものを受け止めることが出来て、どんどんその芯が深まっているのだなと思います。好きなことをご自身のペースでされているのも、カヒミさんらしさですね。

カヒミ:続けることって難しいですけど、山登りのように、自分のペースで、ゆっくりだったり、辛かったり、早く歩けたり、そんなふうにできたらいいですよね。

ミュージシャン、文筆家

カヒミ カリィ

91年デビュー以降、国内外問わず数々の作品を発表。音楽活動の他、映画作品へのコメント執筆、字幕監修、翻訳など幅広く活躍。これまでカルチャー誌や文芸誌などで写真や執筆の連載多数。連載「暮しの手帖」「veggy」。開催中の2022ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展、ダムタイプの作品にVoiceで参加。2012年よりアメリカ在住。

nstagram @kahimikarie_official